Decisive Victory

War in the East (Matrix Games) AAR

第112ターン 終焉

どういうタイミングでゲームが終了するか分からなかった。
キャンペーン以外のシナリオでは、最終ターン終了時に次のターンに進もうとすると「Axis Major Victory」とか「Soviet Minor Victory」等という画面と30秒ほどのショートムビーが流れて終了となるのだが、このシナリオでは枢軸軍が290ポイント獲得したら自動的勝利となるので、ターンを最後まで続ける必要が無い?

と思って、まず残存中のウルヤノフスク包囲網を先に片付けてウルヤノフスクを占領した。これで299ポイント。そしてカザン包囲網を片付けていき、カザンが陥落した刹那・・・・

やっぱり流れた、いつものショートムービー。T-34が派手にやられている。

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そして下の画面が・・・
セーブ後にマップのハードコピーを取ったが、その続きはプレイできないようになっていた。

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 ずいぶんとあっさりしているが、ソヴィエト連邦が降伏したとはどこにも書いてなかった。あくまでも「枢軸軍決定的勝利(Axis Decisive Victory)」である。

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という訳で、2018年6月から2年ちょっと、ほぼゲーム時間上のリアルタイムでお届けしてきたWar in the Eastのフルキャンペーンですが、如何でしたでしょうか? かな~りおバカなソ連AIのお陰もあり、枢軸軍持ちで勝利することができました!

長かった(笑)

史実では枢軸側はこれから本格的に敗色が濃くなっていき、あと2年続くんですから物凄い戦争だったんだなと、改めて思い知ることになりました。

仮に'43年でも決着が付かないようなら、さすがに気力が続かなかったと思いますが、西側連合軍がフランスに上陸する前に東部戦線が片付いて何よりです。ソヴィエト脱落後のこの世界では、今後ヨーロッパの戦況はどうなっていくのでしょうか???

第111ターン 王手

第2SS装甲軍団は、第11装甲師団を包囲中の第22戦車軍団、第2機械化軍団と激しい戦車戦を展開し潰走させた。その後、軍団は東方の最前線に戦線を展張した。

カマを渡河済みの第48装甲軍団本体は、第2SS装甲軍団が確保した回廊を北上し、カザン東北東に進出した。更に第2、14装甲師団は市の北東30キロの狙撃師団2個を排除したが、戦闘後前進するにはMPが足りなかった。鉄道最先端はシズラニの北64キロであり、ヴォルガとカマ両大河を渡る補給線で燃料が不足していた。
そこで第3装甲軍は、長大なバルジを自ら連隊単位で守る第39装甲軍団から第20装甲擲弾兵師団を抽出し、この突先へ投入した。

カザン西方では第56装甲軍団がヴォルガ橋頭堡を確保済みであり、第2装甲軍の力も借りて強引に戦線を拡張。最後はG.D.師団が士気値97を生かして突破に成功し、第20装甲擲弾兵師団と手を結んだ。

今ターン終了時のVPは288ポイントであり、ドイツとその同盟国は王手をかけた。この場合、ウルヤノフスクは1ポイントなのでやはりカザンの占領が必要になる。

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第110ターン ポケットの紐を締め直す

クライマックスが近づいてきた。興奮してセーブするのを忘れてしまい、マップは自動セーブ(次ターン開始時)のもので、110ターンのソ連軍ターンが終わったところになっている。

案の定薄皮は破られ、カザン方面からの南下部隊とウルヤノフスク北方の包囲下部隊がトーテンコップ師団の西で連絡を取り合った。しかも荒地の回廊幅は30キロあり、再度ポケットの紐をきつく締め直すのに難渋したが、トーテンコップ師団は現陣地を維持し、第24,46装甲軍団が悪路をヴォルガ河に向かってしゃにむに突撃して回廊をへし折った。また、第4装甲軍-第56装甲軍団はカザン西北西80キロの森林地帯でヴォルガ河に橋頭堡を確保した。

東からは第2SS装甲軍団(L.A.H.師団は総統命令によりイタリア戦線へ転出)がカマ河を渡り、ヴォルガ西岸の第2装甲軍とがっしりスクラムを組み直す。カマの少し上流では防御が手薄な地点を見つけ、第48装甲軍団は一気に全師団が対岸に渡河した。さらに第11装甲師団はカザンに肉薄したが、ご覧の通り続くソ連軍ターンにカザン周辺にいたと思われる有力な敵機械化集団が、ZOCをすり抜けて同師団を孤立化させている。

第111ターンはウルヤノフスク大包囲網の掃討と、第11装甲師団の救出が先決だが、隙があれば一気にカザン包囲に持っていきたいところ!!

あ、1つ忘れていたがクイビシェフから赤軍が撤退した模様。ここを失えば戦争に敗北する寸前だと思うのだが・・・

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第109ターン 薄皮一枚の巨大包囲網

第三帝国をヨーロッパの覇者へと導く東方での勝利。それが2年遅れで達成されつつある。東部戦線のラストスパート、カザン攻略=クラッベ(蟹)作戦が幕を開けた。

北からは第4軍、第2、第4装甲軍の総勢22個師団がゴーリキーの南をこじ開けてヴォルガ河沿いに猛進を開始。南からは第2軍が確保済みの橋頭堡から第3装甲軍と第2軍の21個師団が直径45キロの回廊をカザン南方へ向けて解き放つ。

南北どちらも大小15個、計30ユニットの敵を何らかの手段で排除して突き進んだ。突破幅はおよそ3ヘクスだから奥行きがおよそ5ヘクスの縦深陣地が存在したわけだ(実際はもっと奥行きを持って予備として存在している)。例によって戦力比がありすぎる狙撃師団などは長距離の遅滞戦闘を繰り返し、ドイツ装甲部隊のMPを吸い取ってゆく。

南方の刃は突破地点から数珠つなぎとなり、隙間なくカマ=ヴォルガ河合流地点へと貫き通すことができた。欲を言えば更にヴォルガ河を西へ渡河できる部隊が是非とも欲しかったが、カザン南方は西岸に荒れ地が連なっており、唯一ダス・ライヒ師団はMPを7残しながらも足踏みした。

北方部隊はスヴィヤカ川(Sviyaga)を東へ渡河できるものがほとんどおらず、唯一こちらも士気の高いトーテンコップ師団だけがカザン南方でヴォルガに達し、かろうじてダス・ライヒとヴォルガ河を挟んで呼応した。トーテンコップ師団は支配領域の幅を確保するため、最後は連隊規模で南北に細長く陣を張ったが、師団が通ってきた回廊は15キロであり、味方ZOCでもない。薄皮1枚の巨大包囲網が現出したということだが、これはまず破られるだろう。達すべき最低目標はソ連ターン開始時に包囲環が成立していることであり、一応はクリアしている。

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第108ターン 漏れ出た戦車軍団

ゴーリキー北方の欺瞞作戦は功を奏しているのか微妙だが、心なしか第9軍東の赤軍戦線が厚くなっている気もする。

クラッベ作戦序盤では、第3装甲軍はヴォルガ大屈曲部の北を突破し、カザン南方あたりで第2、第4装甲軍と合流するのが現実的だろう。カザンをまるごと包囲するのは、純粋な距離的に難しいし、市の北西に広がる大密林地帯が邪魔してダメだろう。第3装甲軍も大河カマを渡河しなければならなくなる。
第2軍-第59軍団と第3装甲軍-第12軍団は、ヴォルガ河の虎の子橋頭堡を幅45キロまで拡大した。装甲部隊は一旦後方に下がって突破方向の秘匿と休養/再編に入っている。

その間、ハンガリー軍と第29軍団のイリギズ川(B.Irgiz)南岸の間隙を突いて赤軍第8戦車軍団が突破してきた。南から第298歩兵師団が回廊部分の第30戦車軍団を攻撃すると、東ではなく西へ後退したため、2個戦車軍団が主戦線から50キロ近く飛び出した形となった。ハンガリー第1、第2戦車師団は直ちに南下して戦線の間隙を埋め、西正面はサラトフで警備に着いていたハンガリー第13軽歩兵師団が取り急ぎ鼻っ柱を抑えた。サラトフ方面に進まれるとクイビシェフ方面の補給が危うくなり、掃討部隊が必要になるので厄介だ。

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