Decisive Victory

War in the East (Matrix Games) AAR

祖国防衛 ー WITE2 ソビエト側 AAR_35 第184ターン

T184 - 3/10/2021 7:59:38 AM

loki100(主)

 

第180ターン

このターンに何かが起こると計画されていたことは、注意深い読者なら察しが付くでしょう。天候は前線全体で雪に落ち着きました。第3ウクライナ正面軍はブダペストに向けて前進し、第1ウクライナ正面軍はモラヴィアに向けて、殺人的な激しい戦車戦を繰り広げています(私の論理では、これら強力なドイツ軍ユニットは、反撃される前に自分のターンで倒した方が良いと考えています)。それを支援するために、第1白ロシア正面軍は西への進撃を中断し、第8親衛軍の援護で第4戦車軍と第1親衛戦車軍の両方が上部シレジア(ポーランド南西地域)への進撃が可能になりました。

ソ連軍の推定では、カトヴィツェ・ポケットで切断されたドイツ軍は15個師団(装甲/装甲擲弾兵7個を含む)を数えます。

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北方では第1バルト正面軍が海岸沿いに前進しましたが、主な攻撃は第2白ロシア正面軍による長い間準備されてきた一撃でした。ドイツ軍は第1白ロシア正面軍と第1ウクライナ正面軍による先の攻撃に対処するために予備を引き上げていたため、この戦区には有効な二次防衛ラインが有りませんでした。ブィドゴシュチュ(ポズナン北東67マイル)周辺の前線は砲兵と空軍による重圧で崩壊し、第5打撃軍と第2親衛戦車軍の機甲部隊がほぼ自由に行動できるようになっていました。ドイツ軍に残された唯一の組織的な防御地点はポズナン市街でした。

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両陣営ともに攻撃を続けたことで高い犠牲を払いましたが、ドイツ装甲部隊はまたしても大きな打撃を受けました。

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第181ターン

12月に入るとハンガリーとカトヴィツェ周辺でドイツ軍の大規模な反撃があり、ポケットは開放され、第1ウクライナ正面軍と第1白ロシア正面軍の両方が守勢に立たされました。

第1、第2白ロシア正面軍のバランスは、迂回されたドイツ軍ユニットに追いつき、ウッチでのドイツ軍の反撃によって切断された補給線を復元する必要が有りました。更にポズナン要塞では、まずソ連軍部隊を切り離し、その後都市を包囲するために大きな労力を必要としました。

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第182ターン

ハンガリーでは前線がブダペストの東30マイルにまで達しているため、双方とも完全に疲弊しています。カトヴィツェではさらに激しい戦闘が繰り広げられましたが、第4戦車軍がブレスラウの南でオーデル川の渡河に成功したため、第1白ロシア正面軍の北部で前進することができました。しかしポズナンと同様、街自体が要塞化されてました[1]。

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第2白ロシア正面軍戦区では、第1親衛軍と第3親衛軍がポズナンへの攻撃を準備し、第4親衛軍と第2親衛戦車軍は第1白ロシア正面軍が開けた間隙を利用して南下しました。これにより、シュタイナウ・グローガウ(南西50マイル)でオーデル川を渡河できました。ドイツ軍に即応するための予備が不足していれば、シレジア南部の劣悪な地形を突破してコットブス(ベルリン南東60マイル)に至るチャンスがあり、もしそれが実現すれば、この戦区を第1白ロシア正面軍に戻すことができます。

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第183ターン

カトヴィツェが遂に占領され、安全が確保されました。第3親衛軍はポズナンを襲撃し、狙撃兵が突撃する中、空軍と砲兵の攻撃の激しさに防御側は唖然としました。

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他地域ではドイツ軍の抵抗が強まり、私が補給線を超えてしまったため第1、第2白ロシア正面軍供に限られた前進しかできませんでした。

 

第184ターン

第3ウクライナ正面軍はブダペスト郊外でドイツ軍の守備を崩し、小さなポケットを作って市街を包囲しようとしています。

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第2ウクライナ正面軍は東スロバキアで限定された前進を経て、第1ウクライナ正面軍の長い南側面を援護しています。

適度な休息を取った第1ウクライナ正面軍はオロモウツ(ブルン北東50マイル)の東側のドイツ軍ラインを撃破し、その機甲部隊はブルンにほぼ到達し、北に移動してブリエッグとオッペルン周辺の新しいドイツ軍ポケットを脅かすことができました [2]。

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北方では第8親衛軍がブレスラウを襲撃し、エルベ川陥落前の最後の関門であるドイツ防衛帯を更に弱めました。

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ドイツの前線が破壊されたため、第1白ロシア正面軍はナイセ・ブリーグポケットのドイツ軍部隊の包囲を完了し、第1親衛戦車軍はエルベ川に向かってドイツ軍の連絡線を切断しました。

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一方、第2白ロシア正面軍は劣悪な地形でドイツ軍の強い抵抗を受けたため、一時的に作戦を中断しました。

ハンガリーチェコの戦況を概観します。

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損害

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ドイツ(訳注:包囲網)は12月に降伏しました。私は主要な狙撃軍団のTOEを維持するために、「北部戦線」から来た狙撃師団のいくつかを第4ウクライナ正面軍に統合しています。

ドイツ軍が失ったものの中には、装甲/装甲擲弾兵師団5個があります。

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[1]ソ連軍はこれらを必要としており(大規模な操車場があり、集積所ネットワークの要となっている)、迂回することはできず、陥落させる為に慎重な準備を要求してきます。ニコラエフ包囲戦との違いは、障害に対処するための最適な部隊が用意されていることです。

[2]この地域での戦いを見ていると、私はいつもAGEODの優れた「Rise of Prussia」(7年戦争)をプレイしたいという衝動に駆られます。このような要塞では、包囲を維持したり解除したりするために、ひと夏のキャンペーンを簡単に行うことができます(実際に戦闘を行うような不名誉なことはありません)。